2014-04-28

賀茂真淵県居の跡

金座通りと清洲橋通りの交差点にあるビルの外壁に埋め込まれています。


賀茂真淵県居の跡

東京都指定 大正7年4月
所在地    中央区日本橋浜町1-4付近

 古歌をとおして、わがが国の古典学の基礎を築いた賀茂真淵(1697-1769)は、現在の浜松市の出身で、はじめ京に下り、田安宗武(徳川三卿の一人)に迎えられ、和学を講じた。
 隠居後、浜町山伏井戸の東方に住み、県居の翁と称し、「万葉考」 「歌意考」 「国意考」 「祝詞考」等を著わした。また歌会なども多く開き、その作品は今に伝えられている。

あがた居の 芽生(ちふ)の露原かきわけて
 月見に来つる都人かも

 その旧宅は、この地点の北東約100メートルのあたりである。

平成元年 7月 中央区教育委員会


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