松井須磨子の養家跡(推定地)長野県上田市松尾町
松井須磨子は、明治から大正期の大女優で、日本初の近代演劇女優です。
須磨子は、明治19年に松代の旧家にて生まれました。6歳の時に、叔母の嫁ぎ先である上田で洋品店を営む商家へと養女に出されています。
そして上田女子尋常高等小学校へ通う10年間、須磨子は上田で暮らしました。
多感な少女時代を過ごした養家の場所は記録が残っておらず不明ですが、当時の地図からここだったと推測されます。
その後、上京して坪内逍遥が主宰する文芸協会の演劇研究所に入所した須磨子は、明治44年に「ハムレット」のオフィーリア役にてデビューし、華々しいスターの道を歩み始めます。大正2年には熱烈な恋愛関係にあった島村抱月とともに「芸術座」を設立。トルストイの「復活」での劇中歌「カチューシャの歌」など、次々と大ヒット作を世に送り出し続けました。
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